残酷な運命のリヴァース(加筆修正版)
第二話 REVERSE ALL

視界が開けた時、シンジは自分が第三新東京市のリニアレールの駅前に立っている事に気がついた。
辺りに非常事態宣言のブザーが鳴り響き、戦略自衛隊の戦闘機らしきものが空を飛び交っているが使徒の姿は見えない。
自分の肩から提げてあるカバンを開けると、中には「来い」とだけ書かれた父からの手紙、そして自分用のネルフのIDカードとミサトの写真が入っていた。

「使徒はまだ来て居ないようだし、あの時より早く来れたのかな」

しばらく待っても、使徒もミサトも来る気配が無い。
辺りは誰の気配もせず、第三新東京市はゴーストタウンと化していた。

「でも、ミサトさんの車が僕の前に到着する頃には使徒が街の中までやって来ていたんだよな」

使徒が来て、レイが出撃させられて大怪我をしてしまっては逆行して来た意味が無い。

「僕を迎えに来てくれるミサトさんが怒られるだろうけど、自分でネルフに行こう」

シンジは使徒の力を使って人間業とは思えない、車より速いスピードで第三新東京市の中を移動し、ネルフ本部の正面ゲートに向かった。
使徒の力を手に入れ高速移動中のシンジは戦略自衛隊の隊員達に発見される事は無かった。
シンジの方は戦略自衛隊の隊員達はシェルターに市民を避難させているのだろうと思っていた。
ネルフの正面ゲートは閉まっていたが、シンジが視線を送ると、自然とゲートが開いた。
これは以前に渚カヲルが使った能力と同様のものだった。
突然ゲートが開き、ネルフ本部内に警報が鳴り響いた。
ゲートから入って来た人影に驚いたネルフの隊員は、持っていたマシンガンを発砲するがATフィールドを纏っていたシンジは銃弾をすべて跳ね返した。

「ば、化け物か?」

撃ってしまったネルフの隊員は侵入者が少年でしかも無傷だった事に驚いた。
シンジはネルフの隊員達が驚いている間にネルフ本部の奥へと進んで行き、エヴァンゲリオン初号機の鎮座するケージまでたどり着いた。
突然姿を現したシンジにネルフのスタッフ達は驚いた。
侵入者の警報が鳴り響く中、誰にも止められずにどうやってここまで来たのか。
不気味がるスタッフ達は遠巻きにして眺めていた。
物怖じせずにシンジに声を掛けたのはシンジを見下ろしていたゲンドウだけだった。

「シンジ、なぜここに居る」
「僕をエヴァに乗せてください、使徒がやってくるんでしょう!?」

シンジがゲンドウに向かってそう叫ぶと、辺りはどよめきに包まれた。
どうして今まで父親と離れて居たシンジが使徒の事を知っているのか。
しかも、エヴァに乗れると言う。

「……お前はこれに乗って使徒と戦うと言うのか?」

ゲンドウが尋ねると、シンジは視線を反らさずにうなずいた。
そのシンジの姿を見たゲンドウは薄笑いを浮かべる。

「いいだろう、乗るがいい」
「碇、何を言っている!?」

冬月があわててそう言ってもゲンドウは気にも留めない様子だった。

「予備のパイロットが予想以上に早く届いただけだ。……赤木博士、エヴァの起動準備を頼む」

ゲンドウの命令が下されると、スタッフ達はあわただしくエヴァの起動準備を始めた。
シンジの側にプラグスーツを持ってゆっくりと近づいて来たのはミサトだった。

「ネルフ作戦部長の葛城ミサトです、碇シンジ君ね?」
「はい」

生きているミサトを見てシンジは思いっきり抱きつきたくなってしまった。
しかし、ミサトはシンジの事を知らない。
シンジは自分の気持ちを必死に抑えた。

「シンジ君、操縦方法は……知っているのよね?」
「……はい」

ミサトの怪しい者でも見るかのような目つきにシンジは戸惑いながらもそう答えた。
早く出撃をして使徒を倒してしまいたいと言う気持ちで焦っていたからだ。
エヴァンゲリオンに乗り込もうとするシンジの姿を眺めながらゲンドウと冬月は話を始める。

「まさか、戦略自衛隊が武力行使に出るとはな」
「サードチルドレンが到着した。これで偽りの自爆などと言う損害の多い作戦を使わずに済みます」
「エヴァ1体で軍隊が押さえ切れるというのか!?」
「なあに、通常兵器はATフィールドに通用しません。大型兵器を潰せば相手は肝を冷やして引き揚げるでしょう」
「ファーストチルドレンは起動に失敗してケガを負ったのだぞ? サードチルドレンで賭けに出ると言うのか?」

話し込んでいる2人にリツコから報告が入る。
報告する本人も信じられない口調だった。

「サードチルドレンとエヴァのシンクロ率は80.00%です……」
「何だと、サードチルドレンは初めてエヴァンゲリオンに乗ったのではなかったのか?」
「問題ありません。シナリオ通りです」

発令所の中でゲンドウだけが静かに落ち着いていた。
そして、エントリープラグに入ったシンジもLCLを見て動揺はしなかった。
そんなシンジの様子を怪しんでミサトはリツコに話しかける。

「サードチルドレン、油断ならないわね」
「ええ」
「今の所、使徒を倒すって言っているみたいだけど」
「使徒は15年前に南極に出現した後、姿を見せていないわ」
「政府も使徒の再来はあり得ないと主張して、エヴァンゲリオンの建造中止を再三に渡って要請して来て居たものね」
「戦略自衛隊はエヴァを奪うつもりで侵攻を決定したみたいでしょうけどね」

シンジはエントリープラグの中で、初の使徒戦に向けて静かに闘志を燃やしていた。

「シンジ、これから戦略自衛隊がエヴァンゲリオンを破壊するために攻め込んで来る。お前は敵のネルフ侵入を防ぐのだ」

シンジはゲンドウの言葉を聞いて耳を疑い、聞き返す。

「父さん、攻めてくるのは使徒じゃないの?」
「すでに戦略自衛隊の兵士は第三新東京市の中に攻め込んで来ている、お前も見たはずだ」

ゲンドウの言う通り、シンジはネルフ本部に来るまでの間に戦略自衛隊の兵士の姿を見ていた。
それがネルフ本部に侵攻するためだとは思わなかった。

「父さん、僕に人を殺せって言うの!?」
「お前がやらなければ、ネルフは終わりだ」

シンジの脳裏に戦略自衛隊がネルフに攻め込んで来た時の事が思い浮かぶ。
戦略自衛隊の隊員は降伏を申し出るネルフの職員まで攻撃し、ミサトもシンジを守って死んだ。
シンジはアスカを救うために逆行して来たのだが、ミサト達の命も守りたかった。

「分かったよ、父さん」

シンジは命令に従い、エヴァンゲリオン初号機は地表へと射出された。
しかし、シンジはこれから人殺しをすることにまだ恐怖を感じていた。
逆行前の世界で戦略自衛隊と戦ったのはアスカだけで、シンジが駆けつけたのは地上の戦略自衛隊が壊滅し、エヴァ量産機との戦いの時だったのだ。

「仕方無い、もっと”力”を使うしかない!」

シンジは薄い膜状のドーム型ATフィールドで、ネルフ本部を覆って侵入を防ぐ事にした。
ネルフ本部を空から攻撃しようとした戦闘機が次々と衝突して爆発、炎上して行く。

「あの戦闘機の中にも人が乗っているんだよね……」

ATフィールドの存在に気がついた戦略自衛隊の軍は、今度は大砲などの兵器で破壊しようとする。
そして、ついには切り札のN2爆雷まで投下を開始した。
第三新東京市の街の一部が爆発と共にがれきの山と変わる。

「早く帰れよ、ちくしょおおお!」

シンジは初号機のエントリープラグの中で怒声を放った。
こんな広範囲にATフィールドを張り続けるの事は力の消耗が激しい。
全部の使徒を倒すつもりでいるシンジにとってはとても苛立たしい事だった。
半日に及ぶ攻撃の末、戦略自衛隊の攻撃が止まった。

「戦略自衛隊が停戦に応じたって連絡が入ったわ。どうやら南太平洋上に使徒のような生物が出現したらしいのよ」
「停戦するならもっと早くしろよ!」

ミサトからの通信を聞いたシンジは激しく咆哮した。

「ありがとうシンジ君、私達を守ってくれて」

ミサトはシンジに礼を述べたが、その心中は複雑なものだった。
N2爆雷を防ぎきるほどのATフィールドを発生させたシンジの圧倒的な力への恐怖をミサトは感じていたのだ。
ネルフに帰還した初号機からエントリープラグが射出され、シンジはエヴァから外へと降り立った。
シンジはネルフの全員の命を救ったとしてスタッフから感謝される事は無かった。
それどころか、シンジが近づくと怯えた顔をして遠ざかる。
シンジはその姿にとてもショックを受けた。
まるで人間では無く化け物扱いされているようだった。

「あの、聞きたい事があるんですが」
「な、なあにシンジ君?」

突然声を掛けられたミサトは、逃げ出したくなる気持ちをこらえて答えた。

「外国にある他の支部……例えばドイツ支部は攻め込まれたりしたんですか?」
「あそこもエヴァの建造中止を政府に命令されていたそうだけど、使徒が出たし、攻められるような事は無いはずよ」
「じゃあ、みんな無事なんですか?」
「ええ」

真剣な顔をして聞いて来るシンジに、ミサトはそう答えてしまった。

(……やった、アスカも加持さんも無事なんだ!)

涙を流して喜ぶシンジをミサトとリツコは顔を見合わせて不思議がっていた。

「あの……葛城さん。これからミサトさんって呼んで良いですか?」
「ええ、構わないけど」

シンジに話しかけられたミサトは反射的に答えてしまった。
さらに柔らかい表情になったシンジにリツコがそっと話しかける。

「私の事も名前で呼んでも構わないから」
「ありがとうございます、リツコさん」
「……あなたに自己紹介はまだしていないはずだけど」

リツコに言われてシンジは思わず口を押さえた。
ゲンドウも、マヤも、赤木としかリツコを呼んでいない。
リツコに鎌を掛けられたのだ。

「あなたには怪しい点が多すぎるから、取り調べを行うわね」
「べ、別にやましい事なんてありませんよ」

疑うようなリツコの視線にシンジは冷汗をかいてごまかし笑いを浮かべた。
そんなシンジに助け船を出したのは、意外な事にゲンドウだった。

「サードチルドレンを取り調べる必要はない」
「しかし……」

リツコの追跡の手を逃れてホッとするシンジ。
そして、シンジはこれからの住居の事についての話があると言う事でネルフ本部の会議室の1つで待たされることになった。

「シンジ君の新しい住居の事なんだけど、ネルフ本部の部屋が充てられる事になったわ」
「あの……街のマンションのような場所に住む事はできないんですか?」

シンジはミサトの話を聞いてそう質問を返した。

「うーん、警護の関係もあるから、シンジ君を1人で外に住まわせるわけにはいかないのよ」
「じゃあ、ミサトさんとだったらどうですか?」
「あ、あたし?」

突然言われたミサトは自分の顔を指差して驚きの声をあげた。

「う、うーん、上の許可を取らないと……」

ミサトはそう言って、部屋を出て行った。

「やっぱり、アスカと3人で暮らしたいからね……」

部屋で1人きりになったシンジが幸せだった葛城家での生活を妄想していると、ミサトが部屋へと戻って来た。

「司令の許可が取れたわ」
「じゃあ、これからよろしくお願いします!」
「よ、よろしく」

有頂天になって喜ぶシンジに、ミサトはちょっと引き気味だった。
コンフォート17に戻って汚れた葛城家のリビングを見ると、シンジは嬉しそうに掃除を始めた。
親友のリツコでさえ来る度に顔をしかめるのに、ミサトは不思議でならなかった。
そしてシンジの作る夕食はミサトの口に合うものばかりだった。

「シンジ君、掃除も料理も上手いのね」
「それほどでもないですよ」

怪しまれたのかと、シンジはごまかし笑いを浮かべてそうミサトに返事をした。
ミサトが怪しんだのはシンジがこの部屋で自然にくつろいでいる点だった。
まるで住み慣れた自分の家のようにトイレや風呂も使っている。
その日のシンジはアスカやレイ、ミサトや父親などネルフの人々を守ることができた満足感に包まれて寝る事が出来るはずだった。
しかしシンジはミサトがまだ自分に心を開いてくれているわけでは無い事を知っていた。
ミサトはきっとゲンドウの命令で自分を監視するために同居を受け入れたのだと思ったシンジの気分は急転直下落ち込んだ。
翌朝、どん底だったシンジの気持ちを高揚させるニュースがシンジの耳に飛び込んで来た。

「シンジ君、急な話で悪いんだけど、今日はドイツ支部からやって来る弐号機とパイロットを迎えに行くわよ」
「えっ、そうなんですか!?」

アスカとこんなにも早く会えるとは思っていなかったシンジは飛び上がって喜んだ。
そしてネルフのヘリコプターで送迎されたシンジとミサトの2人はオーバー・ザ・レインボウの旗艦に到着した。
この船には弐号機とそのパイロットが乗っていると説明を受けた。

「アスカに会ったら、第一印象は好かれるようにしないと」

シンジはアスカとの対面の瞬間を想像し、胸を高鳴らせた。
しかし、その期待は失望へと変化する事になる。
遠くから加持に付き添われて歩いて来たのは銀髪の少年だったのだ。

「フィフスチルドレン、渚カヲルです。よろしくお願いするよ」
「よ、よろしく」

カヲルとあいさつを交わすシンジは深いため息をつきながら握手を交わした。
アスカに会えなかったというガッカリした気持ちが大きかったのだ。
そんなシンジの様子にミサトが不思議そうに声を掛ける。

「シンジ君、新しいチルドレンと会えるって喜んでいたんじゃないの?」
「それは好意に値するね」

カヲルは笑顔でシンジと握手を交わしたが、シンジは複雑な表情だった。
シンジはカヲルは出来る事なら倒したくない、むしろ助けたい存在だった。
こうして会えた事は嬉しい、しかしカヲルが自分の敵になるかもしれないと心が痛む。
シンジが声も無くカヲルと向き合ってしばらくすると、船が大きく揺れた。

「使徒接近中!」

スピーカーから声が聞こえアナウンスが鳴り響くと、シンジは素早く弐号機の元へ向かって走り出した。
それを見たカヲルもシンジの後を追いかけた。
シンジが弐号機に乗り込もうとすると、それをカヲルが止める。

「エヴァに乗って使徒を倒すつもりかい?」
「うん」
「じゃあ、僕も乗せてくれないかな」

逆行して来た自分の秘密がばれる事を恐れたシンジは、カヲルの提案を丁重に断ろうとする。

「ぼ、僕一人で倒せるから、カヲル君はここで待っていてよ」

シンジがそう言って断ると、カヲルは鼻を鳴らしてささやいく。

「コアの交換無しでエヴァを動かせば、いよいよゼーレが黙っていないと思うけどね」

図星を突かれたシンジは、カヲルと一緒に乗って弐号機を操縦する事を受け入れた。

「さあシンジ君、僕の膝の上に乗りなよ」
「う、うん……」

シンジは恐る恐る弐号機の操縦レバーを握るカヲルの前に座った。
すると、カヲルは背中からシンジを抱きしめる。

「ちょっと、カヲル君!? 何をするんだよ!」
「親愛を深め合う儀式じゃないか。君達リリンはこうやって心を通い合わせるんだろう?」
「そ、それは違うよ、君は誤解しているよ、カヲル君!」

その後何とかカヲルを説得して、身体を引き離したシンジは弐号機の操縦に集中する。
襲撃して来た使徒は、光のひも状の体を持つ使徒アルミサエルだった。
勝負は一瞬で終わった。
直線状になり突っ込んで来たアルミサエルのコアを弐号機が握りつぶしたのだ。
アルミサエルはしばらく震えると弐号機から離れ、ドロドロに溶けて死滅した。

「一瞬で使徒を倒すなんて、何て強さなの?」
「シンジ君と2人で力を合わせれば、使徒など楽勝ですよ」

度肝を抜かれたミサトは、それ以上何も言えなかった。

「使徒を倒せたんだから、早く出ようよ」

シンジはそう言ってエヴァのエントリープラグをイジェクトしようとした。

「大変よ、衛星軌道上にもう一体使徒が現れたらしいの!」

ミサトの通信を聞いてエヴァの視界を望遠モードにすると、はるか上空に鳥の形をした使徒者がいる事が確認できた。
アスカの苦しむ姿を思い出してシンジは胸が痛んだ。
シンジは一刻も早くあの使徒を消してしまいたい気持ちに駆られた。

「カヲル君、僕に協力して!」
「何をすればいいんだい?」
「ATフィールドを収束させて、右手に槍のようなものを発生させて欲しいんだ」
「……シンジ君はATフィールドの意味もわかっているのかい? 実に興味深いね」

シンジとカヲルが目を閉じて念じると、弐号機の右手に赤い槍のようなものが握られている感覚が生じた。
そして目を開くと、弐号機の右手には赤く光る槍のようなものが握られていた。
使徒が攻撃しようとしたがすでに遅い。
赤く光る槍は生きているかのように長く伸びあがり、衛星軌道上に浮かぶ使徒のコアを貫いた。

「こりゃゼーレの老人達も黙っちゃいないな」

この戦闘を眺めていたリョウジはそうつぶやいた。

「使徒の出てくる順番が違う……もしかして、世界全体が”逆行”しているっていうのか?」

弐号機のエントリープラグの中でシンジは青い顔をしてつぶやいた。
このままでは自分達の思う通りに行かないかもしれない。
ならばアスカにいつ会えるのか分からなくなる。
そんな不安がシンジを支配し始めていた。


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