空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第五十一話 2011年 10月9日記念ハルキョン小説短編 遠く離れても


SOS団恒例行事となった市内不思議探索を終えた次の日の月曜日、俺は寝不足でスッキリしない頭を抱えながら登校した。
まったく昨日のハルヒはいつもより輪をかけて張り切っていた。
市内を隅々まで調べ回るとハルヒは宣言し、俺達は学校を中心とした市内全体を歩かされた。
休憩無しで歩かされた俺や朝比奈さんはグロッキー寸前だった。
いつも涼しい顔をしている古泉でさえ辛そうで無理に笑顔を作っている感じだったぜ。
お前の体力についていけるのは地球外生命体の長門ぐらいなもんだ。
さらに俺が宿題が残っていると愚痴ると、夜まで俺の家に押し掛けて来やがった!
ハルヒは俺のためだと抜かして遅い時間まで俺に勉強を教えた。
お袋が心配して俺にハルヒを家まで送らせたから、さらに寝る時間は遅くなっちまった。
しかし、俺の後ろの席に座るハルヒは疲れ果てた俺よりも元気が無いように見える。

「どうした、思い出し憂鬱がぶり返したのか?」

こいつは七夕の時期になると今年も去年に続いて憂鬱そうになったからな。
夏休みも近づいてまたテンションも戻って来たと思ったんだが……塞ぎ込んでいるハルヒほど見ていて悲しくなる物はない……いや、不気味だからな。

「違う、そんなんじゃないわよ」
「じゃあ、どうしたんだ?」
「別に……」

ハルヒは顔を伏せたまま俺の方を見ようともしない。
触らぬ神にたたり無し、まあ放課後にはケロッとしているだろう。
俺はそう考えてホームルームが始まるのを待った。
担任の岡部教諭が入って来て、俺を、いや俺の後ろにいるハルヒの方を辛そうな表情で見つめた。
なるほど、岡部教諭にたっぷり絞られでもしたか。
だがその程度でハルヒがこれほど凹んだりするのか?
そんな俺の疑問は教壇に立った岡部教諭の言葉でぶっ飛んだ。

「えー、涼宮の事だが、親の都合で今学期を持ってカナダの学校に転校することになった」
「何だって!?」

俺以外のクラスメイト達からも驚きの声が上がった。
ホームルーム中だというのに、あっという間にハルヒの周りに集まる。
入学当初は問題児として避けられていた涼宮ハルヒだが、折り返し地点に入ろうとするまで続いた学校生活を通じて理解者も増えたのだ。
今ハルヒに声を掛けている阪中さんもその一人だ。

「涼宮さん、いつ頃から転校するってわかってたの?」
「話を聞いたのは2週間ぐらい前かしらね」

なんてこった、アレは七夕の思い出し憂鬱じゃなかったのかよ。
ハルヒの観察かけては古泉に負けないぐらいになったと思っていた俺はショックを受けた。

「どうして転校することを黙っていたの?」
「みんなあたしに気を遣うでしょ? 湿っぽくなるのが、嫌だったのよ」
「でも話してくれた方が、お別れの準備ができたと思うのよね」

ハルヒが答えると、阪中さんはとても悲しそうな顔でつぶやいていた。
今学期までここに居るといっても今日が終業式。
送別会なんて出来っこない。
いやそれ以前にハルヒが居なくなってしまう事を受け入れられない自分が居る。
気が気でなくなった俺はハルヒに話し掛けることができないままに終業式に出席した。

「キョン、先に部室に行ってて。あたしも後で行くから」
「ああ」

ハルヒが転校してしまうと言うウワサはあっという間に学校中に広まり、ホームルームの最中から教室には多数の生徒が押し掛けていた。
まるでアイドル並みの人気ぶりだ。
ハルヒを敵視しているはずのコンピ研の部長氏や生徒会長まで来てやがる。
授業が終わるとドッと乗り込んできてハルヒを取り囲む。
あれじゃあ抜け出すのに苦労するだろう。
以前のハルヒだったら怒って追い散らすところなんだろうが、ハルヒの方も話をするようになったのだ。
俺は全速力でSOS団の部室へと向かった。
そこにはきっとハルヒ以外のメンバーが揃っているはずだ。
何しろSOS団発足以来の緊急事態だからな。
俺が部室のドアを開けると、長門、古泉、朝比奈さんの3人が待っていた。
だが部室の空気は重苦しい、まるでお通夜のようだ。

「キョン君、涼宮さんが転校するって本当ですか?」
「ええ、岡部先生から聞いた話なんで冗談じゃないと思いますよ」

目に涙を溜めた朝比奈さんに対して、俺はきっぱりと答えた。

「そんな、あんまりです」

朝比奈さんのような美少女に抱きつかれるのは普段なら嬉しいことなのだが、今はそうも言ってられない。
心当たりのある俺はこっちをじっと見つめている長門を見つめ返して尋ねる。

「長門、これはあの“長門”の仕業じゃないのか」

二度ある事は三度あるって言葉が俺の頭の中をよぎった。
しかし長門は表情一つ変えずに俺の言葉を否定する。

「違う。“彼女”の目的はあなたの二度目の遡行そこうにより果たされたはず」
「となるとこの転校は涼宮さんの願望によるものとなりますね」
「何だと!?」

俺は古泉の発言に思わず叫んでしまった。
ハルヒはここでの生活に退屈したから転校するなんて言い出したのか?
いや、それは無い。
俺達SOS団が力を合わせてハルヒに楽しい生活を送らせてやろうと努力して来たのに、今さら否定されてたまるか!
俺は怒気を含んで古泉に向かって叫ぶ。

「古泉、そんな事はあり得ない、あってたまるか!」
「それでは、涼宮さんの転校は運命のイタズラって事になりますね」
「くそっ、どうにかならないのかよ……」

古泉の言葉に俺は悔しげにつぶやいたが、誰も答えはしなかった。
重苦しい沈黙が部室を支配する。
そして部室にハルヒがやって来てしまった。
いつもとは違い、静かに落ち着いた様子でドアを開けて自分の席に座る。

「みんな、聞いているとは思うけど、あたしは転校することになったから。SOS団も解散するわよ」

淡々と話すハルヒの言葉を聞いて、部室の空気が凍りついたような思いがした。

「ど、どういう事ですか? SOS団が無くなっちゃうなんて」
「だって、団長のあたしが居なくなるんですもの、当然でしょ?」

朝比奈さんの質問に冷静に答えるハルヒの姿を見て、俺は無性に腹が立って来た。
抑えていた感情を爆発させて、俺はハルヒに向かって叫ぶ。

「ふざけんな、俺は解散なんか認めないぞ!」
「良いのよ無理しないで。あんたはあたしに引きずり込まれてSOS団に入ったんでしょう?」
「違う、今となってはお前が居て、長門や朝比奈さん、そして古泉が居るこの部室が俺にとっては必要なんだよ!」
「キョン君……」

朝比奈さんは嬉しさと驚きが入り混じった顔で俺を見つめていた。

「だから、いつか戻って来いよ。俺達はSOS団を続けてお前を待ってる」

俺が諭すように声を掛けると、ハルヒは目から涙を流し始める。

「あたしも、転校先の学校で、あんたが驚くような面白い物を、見つけて、やる、わよ……」

ハルヒは耐え切れなくなったのか、部室を駆けて出て行ってしまった。
思えばハルヒの喜怒哀楽のうち、笑顔や怒った顔や楽しそうな顔は見たことはあるが、嬉し泣きは初めて見たかもしれん。
映画の撮影の時は怒り泣きだったか。

「僕達が言いたかった事をすべてあなたが言ってくれて助かりました」
「涼宮さん、とっても喜んでいましたね」

古泉と朝比奈さんに賞賛されて恥ずかしい気持ちになった。

かばん

長門に指摘されて団長席に目をやると、ハルヒの鞄が残されていた。
仕方無い、ハルヒの家は解ってるんだ、届けてやるか。
俺はハルヒの家に向かう道中、ハルヒとの学校生活を思い返していた。
SOS団設立を思いついた時、文芸部室を乗っ取った時、コンピ研からパソコンを強奪した時、野球大会の時……。
俺の脳裏に浮かぶのは無邪気なハルヒの笑顔だった。
どんな厄介なトラブルに巻き込まれた後も、あいつの笑顔を見るとなぜか許せてしまう。
これから先、ハルヒの笑顔を見ることができなくなると思うと、俺は胸が痛んだ。
俺がハルヒの家のインターフォンを鳴らすと、驚いた様子でハルヒが出てきた。
インターフォンに付いていたカメラで俺の姿を見たようだな。

「ハルヒ、鞄を忘れて行ったぞ」
「あ、ありがと」

俺がハルヒに鞄を渡した後、俺達は玄関先で無言で見つめ合った。

「さよなら、キョン」
「待てっ、ハルヒ!」

悲しげな顔をして家の中に戻ろうとするハルヒを、俺はドアを強引に開けて呼び止めた。

「どうしても、転校しなければならないのか?」
「親の都合だもの、仕方無いじゃない」
「例えばだな、お前だけがここの家に残るとか……」
「高校生の一人暮らしだなんて、ラノベやマンガじゃあるまいし、簡単に許してもらえると思ってるの?」
「じゃあ俺の家にでも来るか?」
「アニメの見過ぎね、あんた、常識ってものをわきまえなさい」
「お前に常識を諭されるとはな……」

俺は自分の馬鹿さ加減にもあきれてため息をついた。
そして俺はそれ以上何も言うことができず、ハルヒと別れた。
帰り道、ハルヒがいつ向こうに行ってしまうのか聞くのを忘れてしまった事に気が付いた。
だが、引き返して聞く気にもならないし、俺からハルヒのケータイに電話する気にもならない。
俺の胸は憂鬱な気分で満たされていた。
部屋に戻っても、俺は気分が晴れずにベッドで横になっていた。
妹が部屋に入って来て話し掛けても完全無視だ。

「キョンくん、電話が鳴ってるよー?」

俺が机の上に放置したケータイに誰かから掛かってきたようだが、俺は誰とも話す気にはなれなかった。
すると、妹が勝手に俺のケータイを取って応答する。

「もしもーし、あっ、ハルにゃん?」
「ハルヒからだと!?」

俺は妹からケータイをもぎ取ってハルヒに答えた。
すると、ハルヒはいつもの調子で俺を怒鳴りつける。

「ちょっとキョン! 団長のあたしの電話に出ようとしないなんていい度胸じゃないの!」
「すまん、こうして出てんだから許せ」

ハルヒから話を聞いた俺は驚いてケータイを落としそうになった。
何とハルヒの転校は取りやめになったというのだ。
ハルヒの父親が勤める会社は、カナダ支社を立ち上げようと準備していたのだが、状況の変化により計画は中止されることになったらしい。

「まったく、恥ずかしいったらありゃしないわ。どの面下げて新学期に登校すればいいのよ」
「お前、そんな事を気にするタマだったか? 堂々としてればいい、素直に話せば誰も怒りはしないさ」
「あんたに言われるなんて落ちたものね」

ケータイから聞こえてくるハルヒの声は嬉しさに満ちていた。
俺もそうだったに違いない。
そしてその夜、俺は古泉からの電話であの変わり者のメッカである公園へと呼び出された。
夏休みの無限ループの時も集まったあの場所だ。
案の定、古泉、長門、朝比奈さんが俺を待っていた。

「どうも」
「俺に何の話があるって言うんだ? どうせハルヒ絡みだと思うが」
「察していただいて話が早くて助かります」
「涼宮ハルヒが力の発現を行った」
「それは、ハルヒが転校を帳消しにしたって事か?」

俺が尋ねると、長門は無言でうなずいた。

「でもハルヒは世界を崩壊させる力を持っているんだろう。そのくらい簡単にできそうな事だが」
「それが、前にもお話したと思いますが、涼宮さんの力は以前に比べて弱まっているのです」
「だから涼宮さんが、とても強く願わないと力が発生しないようになっているんです」
「と言う事は、ハルヒは何としてでも転校したくないと思ったわけか」
「そしてそれはあなたのせい」
「俺が!?」

長門の言葉に俺は驚いた。
俺は何の力も持たない一般人だ。
世界を変える力なんて持ち合わせていない。

「あなたは、部室の僕達の前でSOS団を続けると宣言しましたね? そして涼宮さんが戻って来るのを待っているとも」
「ああ」
「きっと涼宮さんは、キョン君がもしかしてSOS団に居るのを嫌がっているんじゃないかって、不安になったんだと思います」
「まさか、あいつは自分のためなら他人の気持ちなんて無視するようなやつですよ」

俺は朝比奈さんの言葉を聞いてあきれてそう答えた。
あいつが自分に迷いを感じるようなことなんて、断じてないはずだ。

「だからハルヒは転校騒ぎなんか起こしたっていうのなら、本当に迷惑なやつですね」

俺は岡部教諭の困った顔を思い浮かべて同情してつぶやいた。

「でも涼宮さんの意思に関係ない偶然と言う可能性もありますけどね」
「確かな事は涼宮さんが転校したくないって思ったことです」
「あなたは鞄を届けに涼宮さんの家へ行った時に、彼女に告白でもしたのではないですか?」
「ほ、本当なの、キョン君?」

古泉の言葉を聞いて朝比奈さんが顔を赤くして俺のことを見つめた。

「あのな、俺はそこまでは言ってない。まあ、引き留めはしたけどな」
「これで確信しましたよ」
「何をだ?」
「僕は世界は涼宮さんを中心に動いているのだと思いました。でも涼宮さんを動かしていたのはあなただったんですね」

ああ、確かにハルヒがSOS団なるものを作ったのは過去にハルヒと出会った俺が原因かもしれないけどな。
だからって俺が朝倉涼子やあの佐々木団に狙われるって言うのか、バカバカしい。

「話はそれだけか、俺は帰るぞ」

古泉の話を聞いていて不快感を覚えた俺は古泉の返事を待たずに公園を後にした。
宇宙人、未来人、異世界人なんて関係ねえ、俺は充実した高校生活を送りたいだけだ。
ハルヒやSOS団のメンバーと一緒にな。

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