エヴァンゲリオン弐号機パイロット・惣流アスカの更迭
第二話 僕は一人ぼっち


ここはネルフの本部の総司令室。
僕が使徒との戦いを終えて3週間が過ぎていた。
僕は冬月さんと一緒に父さんの側で仕事を手伝っている。
父さんはやっぱり僕を本気で司令にするつもりなのかな?
父さんの側に居ないときは帝王学とか組織を動かすトップとしての学問を学ばさせられている。

「碇君。次は日本政府の要人との会談があるわ。支度して」
「うん、分かったよ綾波」

綾波はまるで秘書のように僕の側についていてくれている。
でもこの綾波は僕の知っている『2人目』の綾波レイじゃない。
ひも状の使徒を倒そうとして、零号機は自爆してしまったんだ。
弐号機に乗っているカヲル君と、初号機に乗っている僕の前で。

『私はあなたを知らない。多分3人目だから』

自爆したはずの綾波が生きていたと聞いて僕は急いで綾波の元に向かった。
綾波は頭に包帯を巻いているだけで大した怪我もしていなかったけど、嬉しそうに話しかける僕に向かってそう言ったんだ。
僕はその時綾波が何でそんなことを言ったのかわからなかった。
でもあの日……リツコさんに呼び出された僕は見てしまったんだ。
大きな水槽の中に浮かぶ綾波の『代わり』を。
リツコさんは丁寧にも今の綾波が3人目だと言うことも教えてくれた。
代替わりした綾波は僕との記憶をほとんど失ってしまっていると言うことも。

「碇君。元気が無いけど、渚君の事を考えているの?」
「……それは、綾波の方じゃないかな」

そう言われて、綾波は少しだけ表情を硬くした。
僕はほんの少しの変化を感じ取ることができた。
3人目の綾波は、同じ使徒だったカヲル君に魅かれていたと思う。
僕と綾波の間にあった絆とは違う、同じ使徒だったから感じていた繋がり。
カヲル君は、僕にとっては最悪な事に、最後の使徒だったんだ。
零号機の自爆で、第三新東京市の大部分が巨大な湖になってしまった。
そして、住む場所を失ったトウジ、ケンスケ、委員長は第三新東京市から離れて行った。
その後に僕にできた大切な友だちだったのに。

『君は好意に値するよ。好きってことさ』

カヲル君には生きていて欲しかった。
僕を好きだって言ってくれたから。
でも父さんやミサトさん、ネルフの大人たちは倒すべき敵だといって退かなかった。
僕はカヲル君をつかむ事は出来たけど、握りつぶすことは出来なかった。
だけど初号機が……勝手に動いて手に力を込めたんだ。
握りつぶす感覚だけははっきりと覚えている。
カヲル君は弐号機を自由に操ることができたから、初号機も動かしたのか、それとも初号機が自分の意思で……コアの中に眠っていた母さんが動かしたのか。
今となっては僕にはわからなかった。
使徒戦が終わった後、ゼーレから9体のエヴァ量産機が攻めて来た。
本当は戦略自衛隊も駆り出して攻めてくる予定だったみたいだけど、弐号機はパイロットが居なくて起動できないから、量産機だけで勝てると思ったみたいだ。
僕が量産機を迎え撃つために出撃すると、目の前で信じられない事が起こっていた。
量産機が同士討ちをしていたんだ。
量産機を動かしていたダミープラグはカヲル君のデータが元になっていたようだった。
自傷願望があったカヲル君のデータが引き起こしたとリツコさんは言っていたけど、僕はそうは思わなかった。
カヲル君は僕たちに未来への勝利をくれたんだと思う。カヲル君は僕たちに未来を生き続けろと言ってくれたんだ。
量産機が同士討ちによって全滅した後、僕は初号機から降ろされて、代わりに綾波が乗り込んだ。
綾波は前の僕みたいに高シンクロ状態になってエヴァの中で溶けてしまったけど、サルベージによってまた戻ってくることができたんだ。
綾波が戻って来たとき、もう体は完全な人間に再構成されていた。
肌も色素が足りないアルビノじゃなくて日本人と変わらない肌色をしている。
目も赤い目じゃなくなっていた。
初号機のコアからサルベージされたのは綾波一人じゃなかったんだ。
10年振りに再会した母さん。
小さいころ僕の側から勝手に居なくなった人。
人類が生きていた証を残すとか宇宙の神秘を解き明かすとか僕にはさっぱりわからない高尚な目的を持っていたようだけど、身勝手な人には変わりは無かった。

『僕は立派な意志を貫く科学者よりも、子供の僕の事を考えてくれる普通の母さんに居て欲しかった』

僕が母さんに向かって話した言葉はそれだけだ。
母さんはあれから僕にとって付けたように優しく接しようとしたり、言い訳をしたりしていたけど、僕が無視を続けると、そのうち自分の好きな研究にのめり込むようになった。
偽りの家族愛なんて僕は要らない。
父さんはなんであんな母さんと一緒に住んでいるのかわからない。
僕は母さんとの同居だけは拒否した。
そしてミサトさんとの同居を続けたんだ。
普通は次期司令が元作戦部長と暮らすことはないんだけど、それだけは許してくれた。
でも、困ったことに父さんは綾波とも同居することを押し付けて来た。
僕はそれだけは断りきることができなかった。

『頼む、シンジ。レイと一緒になってくれ。それがレイの望みなのだ』

父さんはそう言って頭を下げて来た。でも父さんは勘違いをしている。
前の2人目の綾波は僕に好意を持っていた……かどうかはわからないけど、3人目の綾波はカヲル君の事が好きなんだ。
そんな綾波と一緒に暮らして……僕はどうすればいいんだ。
以前アスカの居た部屋は綾波が使っている。
僕は寂しさを覚えながら今日も眠りについた。
その夜に限って、僕は不思議な夢を見た。
僕は行った事もないのに、そこがネルフのドイツ支部だって言う事がなぜか分かったんだ。
そこにはネルフの職員に取り囲まれているアスカの姿。

「ほら、まだ汚れが落ちてない!こんないい加減な仕事で許されるとおもってるの!?」
「ご、ごめんなさい」

清掃員の服を着ているアスカがネルフの制服を着た女性職員にほおをはたかれた。

「お前なんかエヴァに乗れなければただのガキなんだよ!」

別の男性職員に口汚く罵られたアスカはついに泣きだしてしまう。

「泣けば許してもらえると思ってるのか、このただ飯喰らい!」

さらに別の男性職員がアスカのお腹を蹴り飛ばす。
アスカを取り囲む野次馬が笑い声をあげる。
アスカは目をこすって泣いていた。

「誰かアタシを助けてよ……ママ、加持さん、ミサト……シンジィーーー!」

僕はアスカの叫び声で目を覚ました。
今のは夢にしては凄く現実的に感じられた。
僕は部屋から飛び出ると、眠っているミサトさんを叩き起こした。

「何よーシンちゃん、こんな夜中に……」
「アスカは、アスカはどうしているんですか!?」
「アスカはネルフのドイツ支部にいるんでしょう、多分」
「いじめにあっていたりしませんか!?」
「シンちゃん、落ち着いて、明日調べてあげるから」

僕は自分の部屋に戻った。
気が晴れなかったけど、その後はいつの間にか眠り込んでいたみたいで、綾波に起こされた。
僕はいつものようにネルフに向かって、父さんの側で仕事を手伝う。
いつもと変わりない一日が始まった。
ちょっと時間があったので、僕はミサトさんをこっそりと屋上へ呼び出した。
何を心配したのか、リツコさんも一緒について来た。
ミサトさんとリツコさんは気まずそうに顔を見合わせると、重い口を開いた。

「アスカはドイツ支部に行ってから、ろくな仕事も与えられずに清掃員にさせられていたわ……」
「ネルフ職員のほとんどがアスカのいじめに関与していたそうよ」
「そして、ゼーレの事が公表されて、ドイツ支部が混乱に陥った時、アスカはロストしたわ」
「そんな!今はどこにいるかわからないの!?ミサトさん、アスカを探してよ!アスカを助けてよ!」
「それは無理ね……ドイツはアスカの事を闇に葬ろうとしている」
「どこかで野垂れ死んでくれた方が都合が良いと思っているのよ」

そんな……アスカが……死ぬなんて……

「アスカァァァァー!」

僕はゆっくりと後ろに倒れて行って、階段を滑り落ちていくのを感じて、意識を失った。






アスカがドイツに強制送還されてから2年が過ぎていた。
僕は高校1年生として学校に通っていた。
僕は階段から落ちてから5ヵ月ほど入院していたようだった。
僕は怪我をする前と変わらない生活を送っていた。
でも何かすっぽりと抜け落ちている記憶があるのを感じていた。

「シンジ君、昨日もレイと一緒に夫婦同伴だって冷やかされたんだって?」

僕はミサトさんと綾波の分の食事を作ると、冷やかすように話しかけて来た。

「からかわないでくださいよ。僕と綾波は単なる同居人ですから」
「そうよ」

またその話か……どうしてミサトさんは僕と綾波をくっつけたがるんだろう。
綾波が僕に異性としての好意を持っていない事はわかるのに。

「本当に、付き合う気は無いの?」
「しつこいですよ、ミサトさん」
「あはは……司令に何ていえばいいのか」
「何で父さんが関係するんですか?」
「今の聞こえた!?シンちゃん今のは聞かなかったことにして!」

そう言うとミサトさんは僕の追及を逃れるようにあわてて家をでていった。
ミサトさんが出て行った後、僕と綾波はいつものように朝食をとって学校に行った。
学校につくと、僕は授業の予習を始めた。
学校では友だちは出来なかった。
美人で通っている綾波と話す僕が気に入らないと言う人も居たし、僕が司令の息子だという情報もいつの間にか漏れていて、七光りという不名誉なあだ名もついていた。
僕は次期司令として恥ずかしくない成績を残すために、学校のテストなども頑張らないといけなかった。
だから僕自身にも友だちを作ろうとする暇が無かった。
何のためにこんなに勉強しているのか、むなしく思えた。
僕は昼休みは屋上で、流れ行く雲を眺めながら空想にふける日々を続けた。

エヴァンゲリオンに乗って戦っていたころが懐かしいな……。
綾波と一緒に使徒と戦って、カヲル君が最後の使徒だったり。
辛いことや楽しい事も色々あった……

そんな僕の頭に、聞き覚えがあるような女の子の声が響いて来る。

『アンタがサードチルドレン?ふーん、さえないわね』
『キス……した事無いんでしょ』
『内罰的なところに腹が立つのよ!』
『バカ……無理しちゃって』

脳裏に浮かぶイメージで紅茶色の長い髪をした女の子が僕に話しかけて来る。
……君は誰?

僕がいつもの一日を終えて家に帰ると、ミサトさんが待っていた。

「あら、シンちゃん。今日はレイと一緒じゃないの?」
「なんかリツコさんが、綾波の体の事で検査があるって」
「じゃあ久しぶりにお姉さんと飲みに行きましょう」
「え、僕まだ未成年ですよ?」

ミサトさんは僕の返事なんて気にしないで強引に腕を引っ張って歩きだしてしまった。
ミサトさんに連れてこられたのは、第三新東京市の一角にある喫茶店だった。
てっきり居酒屋やバーにでも行くと思っていた僕にとっては意外だった。

「リツコが上手くやってくれたみたいね。シンジ君、ここには盗聴器とか仕掛けていないから安心して」

この喫茶店は加持さんがスパイ活動をしていた時にも連絡場所として使っていた特別なお店のようだ。
父さんにどうしても聞かれたくない話をするために僕をここに呼んだらしい。
どんな話なんだろう。
ミサトさんが取り出したのはGショックの腕時計だった。
確かラバーズコレクションだったかな。その男物の時計みたいだ。
……ってことは女物の時計の方は?

「ごめんなさい、ミサトさんの事はお姉さんとしかみれないんです!」

僕はミサトさんに手を合わせて謝っていた。

「シンちゃん、違うのよ!これを見て」

ミサトさんは僕の前に便箋のようなものを取り出した。
そこには見覚えがあるような気がする下手な日本語の文字が踊っていた。

シンジ、誕生日おめでとう。
もう住む世界が違うからシンジとは会えないけど、
アンタのこと嫌いじゃなかったよ。元気でね、さようなら。
                            Asuka

アスカ……?

「ご注文はお決まりですか?」
「じゃあ、レインボーマウンテンを2つ……」

レインボー……
アスカ……
オーバー・ザ・レインボー……
惣流・アスカ・ラングレー!

「うう、頭が痛い」

僕は強烈な頭痛に襲われて、倒れこんでしまった。

「ちょっと、シンジ君、大丈夫!?……もしもしリツコ、シンジ君が!」

紅茶色の髪ときれいな青い瞳を持った女の子。
とっても唯我独尊で暴力的に見えるけど……。
でも、実はとても甘えん坊でかわいいんだ……。
僕が後ろ向きで内罰的になって暗くなっていると、明るく照らしてくれる太陽のような……。
だから僕も月のようにきれいに輝くようになったんだ、側に居たい……。
守ってあげたい、アスカ……。



僕が気がつくとそこはネルフのリツコさんの研究室のベッドだった。
僕はアスカにもう一度会いたい……。
じっとして居るだけでその気持ちがあふれ出しそうだ。
アスカと一緒に居たから僕はどんな困難も乗り越えてこれたんだ。
僕は次期司令の職なんて要らない。
ネルフの仕事を失うなんて怖くないさ。
あの時、アスカと別れることになるなんて、僕は知らないで一人で浮かれていたんだ。
アスカはそんな僕を見て何て思っていたんだろうね。
もう一度アスカに会ったら、今度は気持ちが通じるかな。
アスカの声を聞きたいな……。
アスカ……。
僕はアスカに会いに行くよ……。
僕が目を覚ましたことにミサトさんとリツコさんが気がついたようだ。

「ミサトさん……あの……アスカのことなんですけど」
「みなまで言うな。あたしとリツコは、シンジ君の味方よ」
「早速作戦を考えないとね」

ミサトさんとリツコさんは楽しそうな笑顔を浮かべた。

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