第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
三年生
第四十九話 うぇるかむknown


<第二新東京市 鶴屋家の山>

まだ学校は春休み期間である4月1日、SSS団のメンバーはシャベルを背負って山道を歩いていた。
なぜシャベルを背負っているかと言うと、埋まっている宝を掘り出すためだ。
4月1日の朝8時ぐらいにミクルと一緒に外国で旅行中の鶴屋さんからハルヒの携帯に届いたメールが原因だった。
鶴屋さんは自分の家が所有する山に宝が埋まっているのを今日になって思い出したと言うのだ。
いかにも怪しい話だが、ハルヒはその鶴屋さんの話を信じてたのかSSS団のメンバーを招集した。

「なあ、本当に山を掘り起こすのか?」

ハルヒの分と自分の分の計2本を抱えているキョンがハルヒにウンザリとした口調で尋ねた。

「何よ、ここまで来ておいて引きかえすと言うんじゃないでしょうね」
「穴掘りと言う無駄な労力は使いたくないさ、今日の日付からして鶴屋さんにだまされたんだよ」
「鶴屋さんは天然っぽい所があるから本当に今まで忘れていただけって事もあるじゃない。それに偶然でも宝が掘り出せれば結果オーライよ」

キョンの発言もハルヒには全く効いていないようで、ハルヒは腕組みをした堂々とした態度で言い切った。
キョンと同様にシンジはアスカの分、イツキはユキの分、エツコはヨシアキの分のシャベルを抱えて先頭を行くハルヒの後に続いて行った。
しばらく山道を歩くと、ハルヒは目的地に着いたのかその足を止める。

「うん、あれが目印のひょうたん形の岩ね」
「不思議な形の岩ですね」

イツキもその岩を見て感心のため息をもらした。

「さあ、ここら辺一帯を掘り起こすわよ!」
「やれやれ……」
「わーい、掘っていいんだね!」

乗り気じゃないキョンとは正反対にエツコは元気が有り余っている様子だった。
数メートルほどハルヒ達全員で辺りを掘り起こしても、宝どころかガラクタ1つも出て来なかった。
しかし、穴を掘りつづけるハルヒの表情は活き活きとしている。

「ふう、体を動かすとあったかいわね」
「ハルヒ、何も見つからないしそろそろ諦めたらどうだ――」

キョンがハルヒにそう言ったと同じぐらいのタイミングでシンジが千両箱のようなものを掘り当てた。

「箱には鶴屋家の家紋が描かれていますね」
「もしかして、大判小判が入っていたりするのかしら?」

イツキとアスカの言葉を聞いたハルヒ達は期待に胸を膨らませながら掘り出された箱に視線を集中させた。

「じゃあ、開けるわよ……!」

ハルヒはそう言って箱に手を掛けた。
キョン達は息を飲んで箱が開かれるのを待っていた。

「……何これ?」

箱を開いて中身を見たハルヒの第一声はそれだった。
中にはおもちゃやガラクタのような子供の喜びそうなものが詰まっていたからだ。

「これは鶴屋さんのタイムカプセルのようですね」

イツキは箱の中から紙切れを取り出した。
そこには『たいむかぷせろ』と幼い子供の文字で書かれていた。

「ほら見ろ、俺達は鶴屋さんに乗せられてタイムカプセルを掘らされたんだ!」
「いいじゃない、エイプリルフールなんだから」

怒って不満を述べるキョンをハルヒは晴れやかな笑顔でなだめた。

「涼宮さん、その顔は何か面白い事を思いついたようですね?」
「あたし達もタイムカプセルを埋めてみようかなと思って」
「良いアイディアじゃないの」

ハルヒの意見にアスカも賛成した。

「じゃあ今度、SSS団に新入部員が集まった頃にミクルちゃんも呼んでみんなで埋めましょう」

笑顔でハルヒがそう言うとキョン達は少し困った顔になって相談を始めた。
ハルヒには鶴屋さんと外国旅行に行っているとごまかしているが、ミクルは未来の世界に戻ってしまったのだ。
帰りの山道で話し合っても名案は出ず、その時の状況によってユキに任せることになった。

 

<第二新東京市 そば屋>

山から降りて来たハルヒ達は、自分達の家に戻る前に食事をする事になった。
何しろ昼も食べずに山で穴掘りをしていたのだからお腹が空いていた。
ハルヒ達は静かな通りに面したそば屋へと足を踏み入れた。
大通りに大手の外食チェーン店があるからなのか、その店にはハルヒ達を除いて客は1人しか居なかった。

「キョンじゃないか!」
「中河?」

店員の服装を着て現れた中河に声を掛けられたキョンは驚きの声をあげた。

「お前、この店で働いているのか?」
「ああ、俺の親父はそば職人なんだ。近くの大通りに外食チェーン店のレストランが出来てしまったからは客足は少し減ってしまったけどな」

中河はそこまでキョンに向かって話しかけた後、ユキが店に入って来ているのを見て驚く。

「い、いらっしゃいませ長門さん!」

中河は緊張しながら力一杯の大声でユキに向かってあいさつをした。
ユキはじっと無言で中河を見つめ返した。

「で、ではこちらへどうぞ!」

中河はハルヒ達を席へと案内し、注文を取って調理場に居る父親へ伝えた。

「ほら中河君、手が空いているならこっちの席に座りなさいよ」
「は、はい」

ニヤケ顔のハルヒに手招きをされた中河はユキの正面の席に座った。
そして、緊張しながらもとりとめのない言葉をユキと交わした中河は、ハルヒ達が持ってきた8本のシャベルを不思議そうに見つめる。

「あの、どうして長門さん達はシャベルを持ち歩いているのですか?」
「あたし達、山でタイムカプセルを掘り出していたのよ」
「俺達が埋めたやつじゃないけどな」

中河の質問に対してハルヒとキョンが代わりに答えた。

「あ、そうだ!」
「何だ、突然大声をあげて!」
「中学の卒業前に俺達もタイムカプセルを埋めていたじゃないか」
「そんな事もあったか?」

キョンがとぼけると、中河はあきれた顔でため息をついた。

「友達甲斐の無いやつだな、中学を卒業してから連絡の1つもよこさないし」
「まあ、高校に入ってからいろいろ楽しい事がたくさんありすぎてな」
「ふふん、あたしって罪な女ね」

キョンの言葉を聞いて、ハルヒは得意げな顔になった。

「なあ、今からタイムカプセルを掘り出しに行かないか?」
「はあ? お前何を言ってんだ」
「長門さんに、俺がタイムカプセルに入れた将来の彼女にささげる歌を吹き込んだS−DATを聴かせたいんだ!」

中河の言葉にキョンは頭を抱えてため息をついた。
しかし、ハルヒは好奇心を持った猫のように目を輝かせる。

「あたし達もタイムカプセルを掘り出すのに協力するわ!」
「おいおい、俺達で勝手に掘り出すわけにはいかないだろう」
「じゃあ、許可をもらえば良いじゃない」
「分かった、では連絡すればOKだな」

キョンが引きとめても効果が無く、中河は中学時代の知り合いに電話を掛け始めた。

「もうアタシ達、腕が疲れちゃって掘る事なんてできないわよ」
「大丈夫よ、連絡を受けて来たキョンの中学時代の友達に掘らせるから」

ハルヒの返事を聞いて安心したアスカはシンジにそっとささやく。

「ネルフでもタイムカプセルをやってみない?」
「少し照れくさい気もするけど、良いかもしれないね」

シンジもアスカの提案を聞いて笑顔で賛成した。
ハルヒ達は遅い昼食をとりながらキョンの中学時代の同級生がやって来るのを待つことにした。

「やあキョン」

中河の連絡を受けてやって来たのは、佐々木、橘キョウコ、藤原、周防クヨウの4人組だった。

「穴を掘る人手が必要だって聞いたからね、友達を連れて来たんだ、やっぱり邪魔だったかい?」
「ううん、キョン達はもう穴を掘りたくないってへこたれていたところだったから大助かりだわ」

佐々木が尋ねると、ハルヒは笑顔で首を横に振った。

「けっ、俺は穴掘りなんかしたくないけどな」

藤原は不機嫌な様子で吐き捨てた。

「キョン達はどうしてそんなに疲れるほど穴掘りをしたんだい?」
「鶴屋さんがハルヒに宝を山に埋めたって今朝メールを送って来たらしくてな、宝探しに付き合わされた」
「ふふっ、エイプリルフールですか」

佐々木に尋ねられたキョンがウンザリした顔で答えると、橘キョウコが微笑んだ。
そして40分後国木田とその友人である谷口、阪中さんと佐伯さんのタイムカプセルに関わった人物全員が集まった。
ハルヒ達はキョン達が中学時代に埋めたタイムカプセルを掘るために西中学校の裏山へ向かった。

「阪中さんや佐伯さんもキョンと同じ中学校だったの?」
「うん、中学3年の時はクラスで席も近かったのよね」
「それで、佐々木さんがタイムカプセルを埋めたいってキョン君に話している時に仲間に加えさせてもらったの」

道中でのハルヒの質問に阪中さんと佐伯さんが答えた。

「クラスで僕だけが第二新東京市で有数の進学校に行く事になってね。勉強漬けの毎日になる事は分かっていた。だから中学時代の思い出が欲しかったんだよ」
「そうだったのですか」

佐々木がタイムカプセルを提案した理由を話すと、イツキが感心したように息を吐いた。
裏山に到着すると、ハルヒ、キョン、シンジ、エツコ、国木田、谷口、中河、藤原の手によってタイムカプセルが掘り出された。

「それにしても、高校を卒業したころに掘り出そうって話だったのに、予定が早まってしまったね」
「すまんな佐々木、俺の一存でこんな事になってしまって」
「別に構わないよ、阪中さん達も気にしていないみたいだし」

謝った中河に対して佐々木は笑顔で答えた。
そして、タイムカプセルが開かれ阪中さんと佐伯さんは中身を取り出して楽しそうに歓声をあげた。

「キョン、お前の意見を聞かせてくれ! 長門さんに聴かせるべきかどうか」

中河は掘り出したS−DATを手にキョンに迫った。

「おい、何で俺がお前の愛の歌を聴かなきゃならんのだ」
「俺の歌を聴いて長門さんの魂に響くかどうか自信が無い」
「だからと言って男の俺が聴いても意味が無いだろう、他の女子に頼めばいいだろ」
「それも危険だ、感動した女性が俺の事を好きになってしまう可能性がある。俺は女性を振ってしまうなんて罪深い行為は出来ない」

中河に頼まれたキョンは渋々とS−DATを受け取って再生した。
ベートーベンの名曲『運命』をBGMにして頭の中に鳴り響く大音量の中河の歌声。
音程もリズムもめちゃくちゃで、歌と言うより叫びだった。
こらえきれずキョンはすぐに聴くのを止めた。

「どうだったキョン?」
「まあ心に響くことは確かだな」

中河に聞かれたキョンは疲れ果てた顔でそう答えた。

「ありがとうキョン、恩に着る!」

中河は喜び勇んでユキの方へと駆けて行った。

「長門が気に入るか保証できないけどな」

キョンは中河の背中に向かってツッコミを入れた。

「あんたはタイムカプセルに何を入れたのよ?」

キョンがビニールに包んでいたのは、新聞の切れ端だった。
見出しには『四季を取り戻した日本』と書かれている。

「3年前までずっと日本は暖かかっただろう? 受験の時に雪が降るなんて、生まれてから考えられなかった事だった」
「そういえば、あの冬はみんな争うようにスキー場やスケート場に遊びに行ったから、どこも満員だったわね」
「なんか新聞記事って時代が感じられるだろう?」

そんなキョンとハルヒのやり取りを、シンジとアスカは神妙な顔で聞いている。

「あの記事って多分『サード・インパクト』の事よね?」
「うん……でも僕はその瞬間を覚えていないんだ。人間って嫌な事を忘れるって話だし、無責任だよね僕は」

シンジは辛そうな顔をして答えるのを見ると、アスカはあわてて首を振る。

「きっと自分が傷ついてしまわないように守るために行っている大切な事だと思うわ、無理して思い出さなくていいの」
「いつか思い出したら、アスカにも話すよ」

穏やかな笑みを浮かべたシンジは、自分を優しく気遣うアスカをそっと見つめ返した。

「ちょっとキョン、この写真は何よ? やっぱり、あんたと佐々木さんって付き合っていたんじゃないの?」

佐々木がタイムカプセルに入れた思い出の写真を見てハルヒは声を荒げた。
校門で同じ中学校の制服を着ている佐々木とキョンは固く握手を交わしていた。

「これは僕達の永遠の友情を誓った握手だよ」
「そうだ」
「だいたい、手を握っただけで恋人同士だと言うのなら、キョンは僕よりも前にミヨキチって子と付き合っている事になるじゃないか」
「何ですって、その子は誰よ?」
「こら佐々木、余計な事を言うな!」

佐々木の言葉を聞いたハルヒの目つきが険しくなった。

「俺って不思議と小さな子供に好かれてな。ミヨキチって言うのは妹の友達でたまに映画とか連れて行ってただけなんだ」
「でも、映画ってデートの時に行くもんじゃないの?」
「ミヨキチの家は親が厳しくてな、R−12とか暴力表現とかが含まれている映画は親が連れて行ってくれないんだよ、だから俺が助けてやったんだ」
「必死な言い訳ね」

まだ不機嫌そうな顔でキョンをにらみつけるハルヒを見て、キョンは視線で周りに助けを求めた。

「ハルヒってば、ちょっとした事で彼氏の事を疑っちゃうんだから全く大人げないわね」
「そ、そんな事無いわ、あたしだってキョンの事は信用しているわよ」

アスカに挑発されたハルヒは意地を張って言い返した。

「彼のために髪型をポニーテールに変えるなんて、恥ずかしがって居たら出来ない事だと思うのよね」
「そうそう、そんな涼宮さんの姿にみんな勇気づけられているんだから」

さらに阪中さんと佐伯さんにほめられたハルヒは照れ臭そうに笑いを浮かべて、すっかり機嫌は直ったようだ。
解散した後キョンはホッとした様子でハルヒと一緒に帰って行った。

 

<第三新東京市 ネルフ本部 第一発令所>

アスカとシンジ、エツコとヨシアキは葛城家には帰らず、レイとカヲルを呼び出してネルフ本部へと向かった。
ネルフ本部の発令所にはゲンドウ、冬月、リツコ、ミサト、加持、日向、青葉、マヤとネルフ本部の主要スタッフ全員がそろっていた。

「我々を発令所に呼び集めて話がしたいとはどういう事だ、シンジ?」

司令席に座ったゲンドウがシンジにそう尋ねた。

「来年の春にはネルフは無くなっちゃうんでしょう?」
「ああ、新組織に移行する予定だが」
「今日、タイムカプセルを掘り出したんだ」

タイムカプセルと言う言葉を聞いた瞬間、ゲンドウの雰囲気が変わったように側に居た冬月は感じられた。

「それで僕達も涼宮さん達と一緒にタイムカプセルを埋めるって話になったから、ネルフのみんなともやってみたいと思って」
「良いアイディアじゃないですか、やりましょう司令!」

シンジの言葉にミサトも賛同して話しかけるがゲンドウは黙り込んでいた。

「そういえば、ゲヒルンの時代にもタイムカプセルを作ったな」
「まさか、まだ残っているのか?」

冬月がポツリともらした言葉を聞いて、ゲンドウは驚きの声をあげた。

「司令の若い頃の思い出の品ですか、是非拝見したいですね」
「別に大した事の無いものだ」

加持がニヤケ顔で尋ねると、ゲンドウはサングラスを人差し指でいじりながらそう答えた。

「タイムカプセルの場所が判明しました。ネルフ本部のX−14倉庫に保管してあるそうです」
「ありがとう、マヤ」
「まさか、ここで開けるつもりではないだろうな」

ゲンドウの顔色がさらに悪くなった。

「先生、後は……」
「逃げるな碇」
「司令、年貢の納め時ですよ」

冬月と加持に逃げ場を塞がれたゲンドウは、大人しく司令席に戻った。

「あそこまで父さんが恥ずかしがる中身って何だろう?」
「きっと、タイツを着てソーラン節を踊っている写真だよ」
「それは僕達の居た世界でのユニゾン特訓で実際にあった話じゃないか」

シンジの質問にエツコが即答すると、ヨシアキがツッコミを入れた。

「司令はその程度では恥ずかしがらないと思うわ」
「レイ、それじゃあアンタはどんなものだと思う?」
「歌やポエムが吹きこまれたテープなんかじゃないかな」
「あはは、それなら面白いわね」

カヲルの言葉を聞いて、ミサトはお腹をかかえて笑い出した。

「葛城君、次回の給料査定を楽しみにしたまえ」

ゲンドウが怒気を含んだ低い声で言うと、ミサトは強引に笑いをこらえた。
しかしミサトは苦労しているのか顔を引きつらせ、腹筋をけいれんさせていた。
そして、アスカ達の期待に満ちた空気と、針のむしろに座っているようなゲンドウの沈黙は過ぎて行き、発令所に箱を持ったネルフの職員が入って来た。

「ありがとう、確かに受け取ったわ」

リツコはその職員から箱を受け取って開封した。
中身を見たリツコは驚いた表情になって固まった。

「どうしました、先輩?」
「何でもないわ、この写真を正面の大型ディスプレイに映し出して」
「はい」

マヤも戸惑った様子でリツコに視線を向けるが、リツコは無言でうなずいた。
そして、正面の大型ディスプレイに写真の映像が映し出された。
そこには、京都の寺の前で腕を組んで立っているゲンドウとユイの姿があった。
ゲンドウはとても緊張しているのか鬼のような形相をしていたが、ユイはとても嬉しそうに微笑んでいた。
さらに、見ているシンジ達に追い打ちをかけたのは、写真にかかれていたユイのコメントだった。
下の余白に『↑とってもかわいいゲンドウさん』と赤いボールペンで書かれていたのだ。

「とっても感動的な写真のはずなのに……」
「あれをみたら笑いがこみ上げて来て……」

シンジとアスカが耐えきれなくなって笑い出したのに誘われるように、発令所全体が笑い声に包まれた。
ゲンドウは真っ赤になって仕打ちに耐えていた。
しかし、リツコが沈痛な顔で黙り込んでいるのを見て、次第に笑いが治まっていった。
そんなリツコに向かってゲンドウが落ち着いた声で尋ねる。

「どうしたんだね、赤木君?」
「司令は奥様の事を今でも愛していらっしゃいます。そんな奥様の事を忘れて、司令が私の事を愛していただけるのかどうかと……私って悪い女ですね」
「赤木君、私は君を愛するためにユイの事を忘れる必要は無いと思っている」
「どうしてですか?」
「それは、君とユイは違う存在だからだ。君はユイの代わりではない、私は君を君として愛しているのだ」
「ゲンドウさん……!」

リツコは泣き笑いの表情になって、階段を駆け上がり、ゲンドウの元へ向かった。
ゲンドウも司令席から立ち上がり、胸に飛び込んで来たリツコを抱き止めた。
そして発令所は拍手の音で満ちていった。

「よかった、父さんもリツコさんも傷つかないで」
「司令も、決める時は決めるじゃない、アタシももらい泣きしちゃった」

アスカはそう言って、目に浮かべた涙を手でふいた。

「私達は先輩と司令の邪魔をしないように出て行きましょうか」

マヤはそうつぶやいて、大型ディスプレイの電源を落とした。
その後アスカ達は静かに発令所を出て行き、最後には抱き合うゲンドウとリツコだけが発令所に残された。

 

<第二新東京市立北高校 職員室>

そしてやって来た入学式の日、アスカはシンジを連れてミサトの居る職員室へと向かった。
去年と同じようにミサトなら新入生の情報を知っていると思ったからだった。
ユキはまたミクルに会う事が出来ると言っていた。
もし、ユキが何か手を打っているのならば、新入生としてミクルがやってくる可能性は十分にあり得る。
さらに、SSS団に入る事が確定しているのならば事前にミサトが知っているはずなのだが家で何度尋ねてもミサトはそのような話は聞いていないと言った。
それでも希望を失わずにアスカは職員室へと足を運んだのだ。

「ミサト、朝比奈さんの名前は名簿に載っている?」
「残念だけど、朝比奈ミクルの名前は新入生の名簿には載ってないわ」
「そうなの……」

アスカはミサトの言葉を聞いてガッカリして肩を落とした。

「もしかして、転校生って事もあるじゃないか、まだ諦めちゃダメだよ」

シンジが励ますようにアスカに声を掛けた。

「でも、朝比奈ミチルって名前が今朝になって突然名簿に出現したのよね。他の先生達は違和感に気が付いていないようだし、ユキちゃんの情報操作の可能性があるわ」

ミサトの言葉を聞いて、アスカとシンジの表情がパッと明るくなる。

「きっとユキが何かしてくれたのよ!」
「でも、名前が違うってどういう事かな?」

シンジが疑問を投げかけると、アスカとミサトはしばらく考え込む。

「うーん、本人から聞いてみるしか無いんじゃない?」
「それしかないか」

ミサトがそう言うと、アスカも納得したようにつぶやいた。

「今ごろ入学式を偵察しているハルヒちゃんが見つけているんじゃないかしら」
「えっ、それってマズイじゃないですか、ミサトさん」
「顔を合わせちゃ不都合ならユキちゃんが何とかしているんじゃない?」
「そうですね」

アスカとシンジは直接確認しに行きたい気持ちを押さえて部室へと向かう事にした。
ハルヒが朝比奈ミチルと言う人物を部室に連れて来ると確信していたからだ。

 

<第二新東京市立北高校 SSS団部室>

「お待たせ皆の衆、活きの良い新入生を連れて来たわよ!」

放課後にハルヒが連れて来たのは、予想通りミクルにそっくりな容姿を持った少女だった。
しかし、アスカ達が知っているミクルより少し幼い感じがしている。

「朝比奈ミチルと言います、よろしくお願いします」

ミチルは自己紹介をして頭を下げた。
ミクルよりさらにしゃべり方も舌ったらずで子供っぽかった。

「みんな察している通り、ミチルちゃんはミクルちゃんの妹よ。今までずっと田舎の方に住んでいたんだけど、第二新東京市北高に通う事になって上京して来たんだって」
「なるほど、そうだったのですか」

イツキは納得した様子でうなずいた。
少し苦しい感じがする理由だったが、ハルヒはミチルの話を信用しているようだった。

「あの、お姉ちゃんは恥ずかしがってあんまり高校の話をしてくれなかったんですけど、私が第二新東京市の高校に合格したって言ったら涼宮先輩達の事を話してくれました」
「ミクルちゃんは大学が遠いからってそっちの方に引っ越しちゃうなんて、寂しい話よね」

ハルヒはミクルについて何の疑いも持っていない事を知ると、アスカ達はホッとため息をもらした。

「ところで、ミチルちゃんはまだ入る部活は決まっていないんでしょう? どう、SSS団に入らない?」
「えーっと、そうですね……」

ミチルは考え込むような顔をしながら、部室に居るアスカ達の顔を見回した。
そして、ハルヒに視線を戻すとニッコリと微笑む。

「みなさん優しそうな先輩だから、入る事にします」
「よっしゃ、ようこそミチルちゃん、SSS団へ!」

ハルヒはミチルに向かって手を伸ばし、ミチルも伸ばされたハルヒの手をつかんで握手をした。

「それで、いったい何をする部活ですか、SSS団って?」
(入ってから聞くなよ……)

キョンは心の中でミチルにツッコミを入れた。
ミチルに尋ねられたハルヒは笑顔でSSS団発足当時からの足跡を話し始めた。
ミクルの席に案内されたミチルは少し緊張しながら真面目にハルヒの話を聞いていた。

「おい、もうそろそろ予備校に向かわないと遅刻だぞ」
「んもう、せっかく盛り上がって来たところなのに」

シンジが生徒会に濡れ衣を着せられて裁判となったところまで話し終わったところでハルヒはキョンに止められた。

「じゃあ、あたしとキョンは予備校の授業があるから、後の事は副団長のアスカに任せたわよ。絶対にミチルちゃんの逃亡を許さないで!」
「え、ええっ?」

ハルヒの発言にミチルは少し驚いてしまったようだった。
ハルヒとキョンが部室から出て行った後、アスカ達はミチルとユキから事情を聞いた。
それはすぐには理解しにくいタイムワープが絡む複雑な話だった。

「私はあなた達が会った朝比奈ミクルと同一人物なのですが、あなた達とは初対面なんです」
「じゃあ、アタシ達が今までSSS団で思い出を共有した朝比奈さんとはもう二度と会えないって事?」

ミチルがそう言うと、アスカは怒った顔で言い返した。
そして、ユキを思いっきりにらんだ。
きっと期待を裏切られた気分なのだろう。

「それは違う。しかしその事を説明する前にこの状況を理解する必要がある」

ユキは冷静に答えてホワイトボードに年表のようなものを書き始めた。

XXX1年(未来)
朝比奈ミクル、2018年4月7日に向けてタイムワープ。
2018年
4月7日、朝比奈ミクルがSSS団に入団。
2019年
4月2日、朝比奈ミクル、2016年4月2日に向けてタイムワープ。
2016年
4月2日、2年の始業式と同時に朝比奈ミクルが2年のクラスへと転入。
5月10日、朝比奈ミクル、SSS団に入団。
2018年
3月21日、朝比奈ミクル、XXX4年(未来)に向けてタイムワープ。

※タイムワープの原則
未来からタイムワープした人間は同じ時間に重なって存在してはならない。(機会一度の原則)
過去で1年過ごした人間は未来でも1年過ごした事にしなければならない。(時間均衡の原則)

「長門さんの説明でおかしい所があるんだけど」

シンジが手をあげて尋ねると、ユキは無言でシンジをじっと見つめた。

「七夕の日に僕達が朝比奈さんの力でタイムワープした事はその原則に2つも違反しているんじゃないのかな?」
「原則があれば例外も認められる。タイムワープの原則は悪用を防ぐために定められた」
「身も蓋も無い言い方をすれば、細かい事は気にするな、と言った事でしょう」
「そ、そんな適当で良いのかな」

イツキが説明を付け加えると、シンジは冷汗を流しながらそうつぶやいた。

「それじゃ、朝比奈さんがこの時代に居る事も認めてくれても良いんじゃないの?」
「うーん、それはどうでしょう。七夕のタイムワープは人類全体の未来に関わる事なので許された気がしますが、朝比奈さんの件は僕達だけの個人的な問題ですからね」
「でもさ、頑張ったんだからそれくらい許してくれても良いんじゃない?」

アスカが不満を述べ続けると、ユキがささやくような口調で話し始める。

「だから私は妥協案を進言した。朝比奈ミクルがこの時代に存在し続けられる方法」
「どういう方法なの?」
「こう言う事です、惣流さん」

アスカを呼ぶ声が聞こえた方向に視線が集まると、ミチルの立っていた場所に代わりにミクルが居る事に気が付いた。

「朝比奈さんですか?」
「そうです、みなさんが知っている朝比奈ミクルです」

イツキの質問にミクルは笑顔になって答えた。

「いったい、どうやって姿を現したの? まるで魔法を使ったみたいじゃない」
「ええ、魔法のようなものですね」

アスカの言葉に、ミクルは同意してうなずいた。

「未来から朝比奈ミチルの肉体に、朝比奈ミクルの精神をタイムワープさせた」
「本体ごとワープさせるとエネルギーの消費が激しいんです。でも精神が変化すると、肉体も変化してしまうので、このように服がきつくなってしまうんですけどね。これなら涼宮さんにばれる心配はありません」
「それなら、ミチルの精神はどうなっているの?」
「眠ったような状態になっています。だから、もう1人の私が目を覚ましたら、その辺は上手くごまかして下さいね」
「それではずっと朝比奈さんと一緒に居られるわけではないんですね」

イツキは少し悲しそうな笑顔でそうぼやいた。

「そんなにガッカリしないで、たまに会う事ぐらいは出来ますから」

ミクルはイツキを慰めるように優しく微笑んだ。
そして、ユキに向かって深々と頭を下げる。

「長門さんには本当に感謝しています、過去の自分をミチルと名乗らせることで私の記憶をみなさんから消す必要を無くしてくれたから」
「別にお礼はいい。私がしたくてした事」

ミクルが戻って来た事で感激していたアスカだが、頭の回転が速い事が災いしたのか、すぐに次の心配の種に気が付いてしまった。

「じゃあ、アタシ達が1年生で出会った時、アンタはアタシ達の事を知っていた事になるわよね?」
「ええ、黙っていてごめんなさい」
「……ハルヒやアタシ達が高校を卒業した後はどうなるの?」
「役目を終えた長門ユキと朝比奈ミクルの記憶は抹消される事になる」

冷静にユキが答えると、アスカの顔が真っ青になる。

「何よ……それじゃあ1年延びただけじゃない……」

アスカはそう言って崩れ落ちてしまった。
部室の中が暗い空気に包まれそうになる。
しかし、そんなアスカを励ましたのはシンジだった。

「アスカ、最後まで諦めちゃダメだよ、長門さんも朝比奈さんも、希望を失わないで頑張っているんだからさ」
「どういう事よ?」
「だって本当に何も方法が残されていないなら、長門さん達はもっとウソを重ねて僕達をごまかす事が出来るはずだよ」
「ユキ、そうなの?」

アスカが問い掛けると、ユキはしっかりとうなずいた。

「確かに私達は希望を持っています。でもそれよりも、もっと大切な事があります」
「私達は本当の事を言わなければ、本当の友達になれない」

ユキははっきりとした口調でそう言い切った。

「……それでは、私はそろそろ未来に戻りますね。朝比奈ミチル、もう1人の私とも仲良くしてあげて下さい」
「もちろん、大歓迎よ!」

アスカはミクルに向かって笑顔でそう答えた。
こうして、気分新たに新年度のSSS団は活動を開始するのだった。


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