サンドイッチ! 〜キョンはハルヒに3度恋をする〜
第二話 壊れた腕時計


小学校を卒業した俺は西中へと進学した。
新しいクラスには俺の知っている顔ぶれが何人かあり、さらに国木田と同じクラスだった。
だから俺はさほど緊張もせずに順調な中学生活をスタートさせた。
ちなみに谷口は学区の関係でハルヒと同じ東中になり、ハルヒは自己紹介で「このクラスに宇宙人は居るか」と質問をぶつけて周囲を茫然とさせたらしい。
卒業式から春休みの間もハルヒと会う事は無かったが、相変わらずのようだな。

「どうして君はキョンと呼ばれているんだい?」

俺が教室で国木田と話していると、同じクラスの女子が男言葉で話しかけて来た。

「さあな、妹が勝手にそう呼んでたのが広まってしまっただけだ」
「僕もキョンと親しい女の子がそう呼んでいるのを聞いて、本名より呼びやすい感じがしたからだよ」
「だから、俺にも分からん」
「なるほど、多分こういう事だと思うよ」

佐々木は喉をくっくっと鳴らしながら笑い、ノートの端に俺の名前を漢字で書いた。

「君は小さい頃、自分の名前を正しく漢字で書くことが出来なかったんじゃないかな」
「良く分かったな」

俺はピタリと言い当てた佐々木の指摘に驚いた。

「この漢字を崩した感じで書くとこうなるから、きっと平仮名と片仮名を勉強していた君の妹さんは君の書いた字を目撃したんだと思うよ」
「なるほど、キョン自身が原因だったんだね」

国木田も佐々木の説に納得している様子で、俺も長年の疑問が解けたような気がした。
佐々木は俺の名前に対する好奇心から話しかけて来たわけだが、問題が解決した後も俺と国木田は佐々木と話を続けた。
名前の話は出会いのきっかけにすぎなかったのだ。



佐々木は頭の良さそうなしっとり系の女子と言った感じで、イメージ通り落ち着いた話し方をする。
だが男と話す時は男言葉となり、皮肉めいた口調でニヒルな雰囲気に態度を変化させる。
これは自分を女として意識して欲しくないと言う佐々木の意思表示なのか、俺達の方も佐々木に異性としての壁のようなものを感じずに接する事が出来た。
バカの谷口に比べれば、ずいぶんと理知的な友達ができたものだ。
念のためにフォローしておくが、俺は谷口とバカな事をして遊ぶのも悪くないと思っているぞ。
佐々木は博識で話題が豊富だから、話を聞いているだけでも楽しかった。
もっとも、偏ったジャンルの話を熱心にされて困った部分もあったが。
国木田とも洋楽と言う共通の趣味を通じて親しくなったようだが、佐々木は俺と話す時間もかなり多い気がする。
どうして佐々木はこんなにも俺と話したがるのか尋ねると、佐々木は機嫌を損なう事無く答える。

「君が聞き手として優秀だからだよ、こちらの話に対して反論を即座に思い付くほど頭が良くないし、かと言ってこちらの話を理解できないほど頭も悪くない」
「それは褒めているのか?」
「確かにキョンには色々な事を話しやすいよね、谷口みたいに口が軽いわけでもないし」

佐々木の意見に国木田も同意した。
じゃあ俺は誰に話を聞いてもらえばいいんだよ、と自問自答したところでどうしようもなかった。
教室で話すようになった
俺と佐々木は、登下校も一緒にするようになった。
と言ってもお互いの家へ迎えに行くような間柄ではなく、通学路の途中で合流する形だったが。

「よう、今日は良い天気だな」
「晴れが良い天気だと断定するなんて、ナンセンスとは思わないかい?」
「お前が雨の日が好きだって言うのは解ったよ」
「個人的な話ではなくて、普遍的な問題なのだけどね。恵みの雨とも言うだろう?」

佐々木の話し方は遠回しだから、口の悪い同級生の中には変な女だと言うやつも居た。
変な女と言えば、谷口を通じてハルヒの奇天烈な行動も耳に入って来た。
七夕の夜ハルヒは自分の通う東中に忍び込み、校庭に白線引きで落書きをしたらしい。
翌日ハルヒの母親まで学校に呼び出される騒ぎになったようだ。
どうしてハルヒがそんな事をしたのか、周囲の人間には謎みたいだが俺には解る。
きっと宇宙人でも呼び寄せようとしたんだろう。

「ねえキョン、涼宮さんの様子を見に行った方が良いんじゃないかな?」
「俺には関係無い事だ」

国木田に言われた俺はそう答えて視線を逸らした。
話を聞いた佐々木も俺に対して意見を述べる。

「校庭に落書きしたのだって学校側が訴えれば罪になってしまうだろうし、行動がエスカレートしないうちに止めた方が良さそうだね」
「どうして俺なんだ」
「僕や佐々木さんが説得しても、涼宮さんは聞いてくれないよ」
「やれやれ、仕方ないな……」

俺は久しぶりに自分からハルヒに会いに行く事にした。
電話で済ませられる話ならそうしたかったが、やはり直接顔を合わせないと言葉も相手の心に届かないだろう。
ハルヒの家や東中の前で待っている手もあったが、不審者と間違われても厄介だ。
だから俺は小学校の頃ハルヒと出会った公園に行って見る事にした。
他の場所で夕方まで時間を潰してから公園へと向かう。
独りになったハルヒはきっと居るはずだと思ったのだが、その日ハルヒの姿は無かった。
だが俺はすぐに諦めずに次の日も公園へと足を運んだ。
そして数日後、俺はついにハルヒを見つける事が出来た。
ハルヒは面白く無さそうな暗い表情で立っていたため、俺も声を掛けるのはためらわれた。
しかしここまで来たら引き下がるわけにはいかない。
俺はなるべく軽い感じにハルヒに声を掛ける。

「よおハルヒ、久しぶりだな」

ハルヒはツンとした表情で俺をチラッと見ると、何の言葉も返さなかった。
まあ、立ち去られないだけマシか。

「お前、相変わらず宇宙人を探してるらしいな」
「……別に、キョンには関係ないでしょ」

アヒル口のハルヒは、腕組みをして俺をにらみつけた。

「そうなんだが、他人に迷惑を掛けないようにしろよ」
「キョンまであたしの邪魔をしようって言うの?」
「校庭に落書きするのは学校に迷惑をかけているだろう、それも分からなくなっちまったのか?」
「あたしはくだらない常識なんかに囚われたく無い、宇宙人は実在するのよ」
「いい加減、バカな夢を見るのは止めろ」
「うるさいわね、結局あたしを邪魔しに来たんじゃないの!」

怒ったハルヒが俺の左手を力一杯払い除けると、俺の左腕に着けていた腕時計が思い切り鉄棒に叩きつけられた。
大きな衝突音に驚いた俺が腕時計を見ると、潰れて壊れてしまっていた。

「あっ……ごめん……」
「おい待て、ハルヒ!」

ハルヒは真っ青な顔をして逃げてしまった。
俺は急いで追いかけたが、ハルヒの姿は消えてしまっていた。



失意のまま帰宅した俺は、壊れてしまった腕時計を外すと机の引き出しの奥にしまった。
説得は失敗に終わり、俺とハルヒの関係も壊れてしまったのだなと思った。
しかしハルヒはどうしてあそこまで宇宙人を探しているのだろうか。

「キョンが認めてくれなかったから、意地になっているのかもしれないね」
「じゃあ俺がハルヒの話に合わせてやれって言うのかよ」
「優しい嘘も必要だと思うな」

国木田の言葉を聞いた俺はウンザリとした気持ちになってため息をついた。
あの時、俺は自分の主観でしか話してやれなかった。
感情的にハルヒの言い分も聞いてやれば、ハルヒも俺に心を開いてくれたかもしれなかったのに、後悔先に立たずだ。
それからハルヒの奇行は鳴りを潜めたのか、谷口もハルヒの話をする事は無くなった。
俺の忠告も少しは効果があったのだろうか。
だがあの時の気まずい別れ方もあって、俺もハルヒの事を避けていた。
それからさらに佐々木と親しくなった俺は、学校からの帰りにそのまま佐々木を自分の家へと連れて行くようになった。
夕方遅くまで俺の家に居て大丈夫かと尋ねた事もあったが、どうやら中学に上がる頃に両親が離婚してしまい、母親は働きに出ていると言う家庭事情を抱えているらしい。
偶然とは言え、なんとも似た境遇のやつと友達になるもんだな。
俺と佐々木は主に部屋の中で話をしたり、ゲームに興じたりして過ごした。
たまに図書館へ行ったり近くを散歩したりするが、ハルヒと居た時に比べればかなりインドアだった。
夏休みに祖母ちゃんの家へ遊びに行った時も、俺と妹のセミ取りを眺めている、そんな落ち着いた感じだ。
そして迎えた俺の誕生日も、俺達はいつもの日常と変わらない日を過ごした。
佐々木に教えれば祝福の言葉くらい投げ掛けてくれるかもしれないが、わざわざ言うほどの事でもないしな。
俺は引き出しから腕時計を取り出してため息を吐き出す。
ハルヒは少しでも俺がいなくて寂しいと感じているんだろうか?
残念ながら俺には確かめる方法はない。
完全に忘れ去られていたら悲しいものがあると考えてしまうあたり、俺はハルヒに対する思いを捨てきれないでいるんだろうな。
いつか気持ちを切り替えなければならないと解っていても、思い浮かぶのはハルヒの明るい笑顔ばかりだった。

「どうしたのキョン、元気が無いみたいだけど」
「そうか?」

俺はいつも通りに振る舞っているつもりだったが、佐々木に見透かされてしまった。

「昨日何かあったのかい?」
「いいや」

佐々木に聞かれた俺は即座に否定した。
側に居た国木田が思い出したようにつぶやく。

「そう言えば昨日は、キョンの誕生日だったね」
「なるほど、だから寂しかったのか」
「中学生にもなって、落ち込むわけないだろう」

まったく国木田のやつ、余計な事を言いやがって。

「だけど君の悩みが誕生日にあった出来事に起因するのは確かのようだね」

佐々木に見事に言い当てられた俺は言い返せなかった。

「何があったのかは解らないけど、過去に縛られたまま時を止めてしまうのは良くないと思うよ」
「……そうだ、悔やんでないで前に進むべきだな」

俺は佐々木の言葉にうなずいた。
家に帰った俺は決意を固め、引き出しから壊れた腕時計を取り出した。
そして胸のつかえが取れた気持ちになった俺は、気分がすっと明るくなったのだった。

「元気が出たみたいだね」
「ああ、お前が後押ししてくれたおかげで吹っ切れたよ」

俺がそう答えると、佐々木は安心した表情になった。
そんなに心配をかけていたとは、すまなかったな。

「……僕の懸案事項も解決したからだよ」
「お前も何か悩んでいたのか?」
「うん……だけどもう大丈夫だからさ」

佐々木が口ごもるなんて珍しいな。
それから俺と佐々木は親友として国木田と共にそれなりに楽しい中学校生活を送った。
しかし後に俺とハルヒは再会し、佐々木達を巻き込んで俺を取り巻く環境が大きく変化する事になる……。


web拍手 by FC2 
感想送信フォーム
前のページ
次のページ
表紙に戻る
トップへ戻る
inserted by FC2 system